インテリアを設計すること 新建築 2002年2月号掲載
外部へ開く道程を潜在させる
内部を設計することは、
自らを別のありようとして発見していくことを可能とする、
外部へと開かれた回路やそこへの道程を、
内部と外部の間に在る閾に潜在させていくという作業でもある。
小形 徹 による「新建築」への寄稿
土井伸朗氏、高橋堅氏、ヨコミゾマコト氏らと共に寄稿 /「新建築」 2002年2月号掲載
建築の内部と外部という問題構制を考える時、これらをそれぞれ単独で考えることができるのかということにいつも疑問を感じる。それは建築においてのみにとどまらず、部屋・家具・身体あるいは都市といったことの間に横たわる問題へと広がっていく。
内部だけが独立して存在しているかの様に、それだけを取り出して考えることは可能なのか。この問いは、周囲の環境や状況から独立して存在しようとする内部化された世界観が、9・11以降成立するかという問いと重なってくる。それと同時に、周囲で起こっていることに対して意識的にあるいは無意識のうちにそこへと通じる回路を閉じてしまう行動のようにも思えてくる。それは、単一の枠組の中でのみ、そして専らその領域で理解・慣用可能なものだけが加速をあげて駆け抜けていく、閉じたサーキットに例えることはできないだろうか。
しかし、常に内部は外部があることに立脚し、その逆も然りだ。このことは内部と外部との間に在る閾に私達の目を向けさせる。
内部は、そこに在ってそこで生の活動をするものを支えながら、同時にそれらに支えられ、それと同様に外部とのインタラクティブな関係を保持する。これらの性質こそが内部の生き生きとした印象を私達に与えてくれるのだ。ふと何気なく漏らしてしまうような言葉が最も凛として美しく響くような様。これは、決して閉じた回路からは生れないだろう。
内部においては、そこに在らんとしようとする息吹や響き、光を湛えることができる「力」や、外部との関り方への「意志」が見出されなければならない。
そのために私達は、内部にあってそこで生の活動をするこれらの「力」や「意志」が、自らを別のありようとして発見していくことを可能とする、外部へと開かれた回路やそこへの道程を、内部と外部の間に在る閾に潜在させていくという作業を続けていかなければならないのである。
インテリアを設計するという行為も、
ここへつながっていく。
雑誌「新建築」 2002年2月号に掲載されました。
このページの最初に戻る
プロジェクトに戻る