横須賀の家 追浜 豊かな空間の機微と共に生きる住まい
まちかど
谷戸山裾に沿った穏やかな一体感がある住宅街の路地に面して建つ木造二階建て。
薄灰色の大きな切妻天井一室空間、寄りかかりたくなる柱、沿って歩きたくなる壁、腰を下ろしたくなる階段、雁行、かど、ふいに開く戸、向こうにのぞく奥行、よぎるもの、くぼみ、光、影、反射、色、肌理、そして霞のような灰色。そこに暮らす人と日本各地の手仕事による品々や道具、美術作品が邂逅する「まちかど」としての家。
民芸や手仕事そして美術に造詣が深い共働きの夫婦が住む。多忙な毎日に対応する動線や間取りとゆったりとした空間的広がりの両方を実現した。
横須賀の家 追浜
木造 / 2階建て / 住宅 /新築 / 神奈川県横須賀市 / 2020
設計・監理:小形 徹 * 小形 祐美子 プラス プロスペクトコッテージ 一級建築士事務所
構造設計:ASD 田畑隆幸 / 設備設計:株式会社創環境設計 波田野善政 / 施工:柏倉建設株式会社
ブログ:横須賀の家 追浜 施工過程の記録
三十代前半の夫婦の家。いくつかあった敷地候補選定への助言や試案の検討から始め、五年越しの過程を経て建設された。
横須賀市追浜、谷戸の込み入った住宅街の一角、すぐそばを小さな川が流れている。古い家と立て替えられた家とが混然としながら山裾の木々に囲まれ穏やかな一体感を作り出している、そんな周辺環境のなかに敷地は立地する。建物の輪郭は幅員四メートルの私道に面した台形敷地に沿って法定建築面積限度まで計画されている。
<外部>
建物は台形平面の長手方向に棟を持つ切妻屋根を架けた木造軸組み構法二階建てである。外壁は薄いベージュ色の平滑な窯業系サイディングで構成し、駐車スペースを確保するためにセットバックさせた一階の外壁面のみを黒々とした焼杉の竪張りとした。屋根は熱反射性の高い薄いグレーのセメント板葺き。黒いガルバリウム鋼板で葺かれた直方体のトップサイドライトが屋根から突き出ている。
土地の支持地盤位置が深いため、細径鋼管杭による地盤改良を行った。また浅い地下水位や付近の湿気の影響を受けにくいように基礎を高めにし床下環境に配慮した。
焼杉の壁は何度か折れ曲がりながら玄関ポーチのアルコーブへ至る。
玄関ポーチへはフワッと浮ぶようなステップで上がる。そこに赤茶色の木製玄関ドアとブリリアントイエローの木製格子戸を設けた。玄関ポーチと玄関の床は大谷石張り。門柱は宮崎の新燃岳の火山灰でできたレンガタイルで仕上げ、表札は宮城正享(沖縄)作の陶板に小田中染工房(岩手)による型染文字が施されたものをレンガタイルの中に埋め込んだ。
<内部構成>
一階には玄関・ユーティリティー・寝室・妻のための室を設け、
二階は登り梁構造として屋根形状に沿った大きな一室空間とした。
<一階>
一階玄関ホール正面に設けた衝立壁は能登仁行和紙・杉皮紙張り。
柔らかな表情の光が人を出迎える。
衝立壁は視線や日常動線の制御も担っている。
左右に人の視線を導き、玄関ホールまわりにおける表と裏の動線を整える。
衝立壁の裏側は、玄関まわりに置きたくなる外套や普段使いのカバンなどを仕舞う場所でもあり、同時に洗面脱衣室への通路でもある。
洗面脱衣室は五帖の広さの明るい室。
奥に浴室、もう一方の端に洗面台を設置し、その隣に引戸で仕切った便所を設けた。この室は室内物干し場としても使用する。洗面台は既製品と造作した鏡付き戸棚や台などと組み合わせたもの。
玄関ホールの奥に妻が使うアトリエを設けた。
壁面全体を造り付けの本棚にした部分と天井の高い土間の部分とは開け放すことができるガラスの引戸で仕切られている。土間に設けた引違いの戸とその外にあるブリリアントイエローの格子戸を開ければ、玄関ポーチに直接出ることができる。
衝立壁のつきあたりには寝室への引戸があり、その手前に階段を設けた。
二階通路からの明るい光が階段を満たす。
<二階>
二階は建物全体に架けられた登り梁構造の切妻屋根に沿って天井が張り上げられた約36帖の大きな一室空間。天井高さは端部2.7m棟頂部3.5m。刻々と移り変わる光によって室内の表情も変化してゆく。
この一室空間のなかに、珪藻土入り和紙で仕上げた雁行する壁・アルコーブ・引戸などで構成した立体的な間仕切りや、幅広の階段、もたれたくなる柱、奥まり一段上がった本畳敷の床、さらに一段上がってウッドデッキのバルコニー、そして人の背丈ほどの収納家具や飾り棚で囲まれた台所をつくり、それらのあいだを居間と食堂にした。
注意深く開けたいくつかの窓が室内空間と外部環境とを関連付け、そして結びつける。
飾り棚の背板にも能登仁行和紙・草木染紙を使用した。
一段上がった本畳敷の書斎。床から離して設けた棚。一段上がってバルコニーへつながる。
奥行きのある一室空間を本畳敷の書斎から。
対角線の先にある飾り棚のその先は台所。
能登仁行和紙の珪藻土が漉きこまれた和紙で仕上げた壁。表情豊かな肌理を持つ。焼成前の珪藻土を漉きこむか、焼成されたものを漉きこむかで色が変わる。建主自身が紙師である遠見和之を金沢・能登から招き、張り上げ作業も依頼した。
自然光が上方から、また時に床に反射して、そこに様々な表情を現象させる。
電動開閉式の窓を備えたトップサイドライトは、自然光を導入し風を生みだす役割を担う。
雁行する壁の背後のようす。階段に隣接する通路を挟んで、同じ床面積の小さな室を二つ設けた。それらははっきりとは区画されず、連続した広がりになる。階段へ自然光を届ける役割も担っている。そしてその広がりは二階全体の広がりの一部でもある。
ステンレスカウンター・和柄の組み合わせタイル・木製引戸で構成した台所。窓を開ければ、山の緑が目に入る。カウンター上の引戸を開けると、居間や食堂とつながり、さらにずっと向こうの窓の先の木々にまで視線は伸びてゆく。
台所カウンターと向かい合うように作業台とパントリーを設けた。
山の緑が見える窓の反対側には珪藻土入り和紙の壁が続いている。壁の中につくったアルコーブに手洗いと便所を設けた。その上はロフト。二階全体を覆う高い天井が続いてゆく。
大きな一室空間のなかに家具や棚で仕切られた台所。二階全体に広がる天井の風景。
アルコーブに設けた手洗い。
鉢は建主が松田共司(沖縄)に制作を依頼したもの。照明器具のガラス傘は太田潤(福岡)による。鏡を取り付けた壁の仕上げも能登仁行和紙・杉皮紙。
一階では具体的な用途や役割をそれぞれの室に割り当てたが、二階ではそれらは曖昧なまま残され、今後少しずつその役割や領域がはっきりしてくるだろうという扱いとした。
靄のような薄い灰色の壁紙を背景に、さまざまな形や色、光や影、肌理や手触りが浮かび上がり、その豊かな表情と共に暮らしてゆくことができる住まいである。
台形敷地に沿った平面、周りにそっと溶け込む外観。後退した一階の焼杉の外壁が玄関へと導く。屋根から黒いトップサイドライトが突き出ている。一階にはユーティリティーや寝室と外から直接出入りできるアトリエを設けた。二階は屋根に沿って天井を張り上げた約36帖の大きな一室空間。薄灰色のこの空間のなかに、珪藻土入り和紙で仕上げた雁行する立体的間仕切り、幅広の階段、柱、奥まり一段上がった本畳敷の床、人の背丈ほどの収納家具で囲まれた台所をつくり、それらのあいだを居間と食堂とした。
全国を旅して求め、また直接作家に依頼した手仕事の品や道具が、建築に生き生きとした息吹を与える。注意深く開けた窓が内部空間と外部環境とを結びつけ、刻々と移り変わる光によってその表情が変化してゆく。
「まちかど」
どこかの街角で、自分がそこと混じりあい、その一部になってしまったような感覚を得ることがある。ほんの短い間かもしれないけれど、確かに、そこにある風景やそこにいる人々と街角を生きていた。
寄りかかりたくなる柱、沿って歩きたくなる壁、腰を下ろしたくなる階段、雁行、かど、ふいに開く戸、向こうにのぞく奥行、よぎるもの、くぼみ、光、影、反射、色、肌理、そして霞のような灰色。
これら追浜の家のエレメントは、ふとした瞬間に、いつかどこかで出会った風景や、感情や、思いへと、人をそっと押し出すきっかけとなる。エレメントと人は、その奥行きにおいて分かちがたいものへとかわってゆく。もしそこで他の誰かと出会うことがかなうなら、それを人は「まちかど」と呼ぶだろう。
J.L.ボルヘス「詩という仕事について」より
” 私の信ずるところでは、生は詩から成り立っています。詩はことさら風変わりな何物かではない。(中略)詩はそこらの街角で待ち伏せています。いつ何時、われわれの目の前に現れるやも知れないのです。 ” (鼓直訳 岩波文庫 本文p.9より)
「まちかど」は意匠でも舞台装置でもない。だから風変わりなそぶりである必要もない。家がその目的を成すための様々な計画や工夫があり、それによって生まれたエレメントとその関係性が、あらためて別のことばとして生を得て、姿をとり、物語りはじめることで、「まちかど」はつくられてゆく。そしてこの過程を共に生きるのは、エレメントとそこに住まう人々なのである。
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